「情報公開で政府を変えよう」

2001年5月1日

近藤洋介

要旨

情報は民主主義の通貨。情報公開法は活用しだいで役所と政治を変える
お役所の大本営発表による政策立案の背景には、無能な政治家が背景にあり、過去も失敗を繰り返してきた
非公開とするのは個人情報に限るべきで、国家機密も原則公開とする。独立した情報収集・保管の機関を早急に設けるべき
マスコミの力量も問われてくるが、何より大切なのは一人ひとりの行動

情報は民主主義の通貨
 沈滞ムードの政治の空気が一気に変わるのではないかーー。そんな予感を感じさせる制度が4月1日から始まりました。国に行政文書の原則公開を義務付ける「情報公開法」の施行です。税金が無駄使いされていないか、行政指導の建前のもと民間の力がそがれていないか、誰もが疑問に思った時、この制度を使って調べることができるようになりました。「情報は民主主義の通貨」という言葉があります。まだまだ未完成の制度とはいえ、使い方によっては、お役所と政治を変える起爆剤となりそうです。

 例えば「この健康食品の安全性は誰が審査したのか」、「遺伝子組み替え食品のリストが欲しい」、「計画が中断中の○○林道事業の建設に投じた金額、また完成した場合の利用者数の予測、最終的な投資金額を知りたい」と思った場合。国の出先機関の窓口で、一件あたり300円の手数料を支払って開示請求すれば、30日以内に開示するか否かの返答が戻ります。資料のコピー代が一枚20円と割高なのは、いかにもお役所的ですが、ともかく一歩を踏み出しました。

さらば「大本営発表」
 「官僚制の統治は、可能な限り『秘密会議』の統治であろうとし、その知識と行動を批判にさらされないようにする」(マックス・ウェーバー「経済と社会」)。
個人としては魅力的で優れたお役人でも、官僚組織人となったとたんに、情報開示を拒否する方々を私は数多く見てきました。日経の記者時代に、ある資料を入手したくて某官庁のゴミ箱をあさった経験もあります(これは厳密には窃盗罪かも?)。しかし、官の組織が守ろうとする中身が、いかに問題が多いかは、競走馬に化けた外交機密費を見ても明らかです。

 情報の独占は「官」の権限の源でもあります。会社の経営、ご商売でも、なにか事業を始めたり新商品を発売しようとすると、マーケットの調査が大切になります。行政も同じで、今何が起きていて問題なのか、という情報が政策の基本です。行政は情報を独占することで、ともすれば自分に都合の良い政策を組み立ててきました。

 情報隠しの背景には、抜きがたい政治家不信があるのも事実です。本来は、政治家が役所に対してリーダーシップを発揮し、役所をけん制する役割を担うべきなのですが、残念ながら政治家は役所から情報の「お裾分け」を受け、自分の為の利益を稼いでいるからです。実際に、役人を恫喝する党人派の「コワモテ型」の政治家さんに、このタイプが多いから驚きです。「自分の選挙しか考えない今の政治家に任せたら、それこそ日本は沈没するよ。結局は我々が政策を担うしかない」(経済官庁の課長補佐)。霞ヶ関官僚、地方自治体の官僚の方々の多くの認識だと思います。

 国民を疑い、貧しい政治家に囲まれた孤独なお役所がつくった政策は実体からかけ離れた政策となりがちです。そして、お役所組織は身内を守る自己保全のため存在するようになります。古くは第二次世界大戦中に「日本軍は連戦連勝」と大本営発表を続けた戦時体制。最近では、「バブル崩壊の影響はなく、不良債権処理は終わった」と先送りを続けた自民党・大蔵省。薬害エイズの実態を隠した厚生省、女子大生からの被害届を無視した埼玉県警も同じです。

意思決定の情報をオープンに
 今回の情報公開法には課題も残されています。国家機密、個人のプライバシーに関する情報、公安情報、審議・検討情報など6項目は非開示情報となっています。個人情報は非開示でよいでしょう。しかし、国家の意思決定にかかわる情報は、重要だからこそ公開し、民意の目に触れるようにしなくてはいけません。国家機密も例外でないはずです。そもそも税金を使っている組織なのですから、主権者たる国民に隠す根拠はありません。国家機密も10年や15年など一定の期間を経た場合は公開し、歴史の評価を受けるよう改めるべきでしょう。

 審議・検討情報やお役所間の事務連絡情報も公開すべきです。例えば役所間で交わす「覚書」。かつて住宅金融専門会社(住専)というノンバンクが出した損の処理をめぐって、農水省と大蔵省が「住専にお金をかした農林系金融機関を守る=処理を先送りする=」との覚書を交わしたことがあります。この密約が不良債権の処理を先送するモデルとなりました。私は住専処理の誤りが、現在の日本の低迷のスタートとなっていると確信しています。

 霞ヶ関や地方自治体、各種公共団体には、この種の文書が無数にあるはずです。政策の意思決定に関する情報・文書は全てオープンとすることが、「失われた10年」から得た教訓です。過ちを繰り返さないためにも、役所の情報は、その行政機関とは独立した国会図書館などの組織で保管するシステムを確立する、など工夫することが急務です。情報の隠蔽は、国民への背任罪として厳しく対処すべきです。

小さな勇気と行動を
 情報公開は市民オンブズマンなど一部の方々だけが利用する「特別」な制度ではありません。誤解を恐れず指摘すれば、市民オンブズマンのなかには「市民のため」との表看板を掲げながら、行政側からは、特定の思想・主義を隠していると疑われている方々もいます。「無駄づかい」を指摘するのは大切ですが、枝葉末節をつつくマニアックな道具だけにしてしまっては、制度の本来の姿から離れてしまいます。

 マスコミの力量も問われます。膨大な資料やデータを発掘、分析する専門機関としての調査報道できるかどうか。大本営発表の虜になっているとの批判もある記者クラブ制度に安住する姿勢では、読者から今度こそ見放されるでしょう。政治家、政党も同じです。情報公開法を契機に、多くの方々とのネットワークを築き、情報収集力を高め、構想を示す能力が求められます。

 何より大切なのは「ここは、どうなっているんだ」という素朴な疑問を行政にぶつける一人ひとりの小さな勇気と行動です。通貨が流通しないデフレ経済が沈滞するように、「情報」が流れなければ民主主義も成り立ちません。山形県は1982年に全国で初めて金山町が公文書公開条例を定めており、公開先進地域でありました。現在の都道府県別の公開度ランキングでは20位となっていますが、やってやれないことはありません。300円が高いか、安いか。決めるのは私たちです。

情報公開という「武器」で、政府を変えましょう。

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