「E−デモクラシーを展開しよう」

2001年8月1日

近藤 洋介

要旨

ネットは政治を変えるか
 →高コストで無駄の多い現行の選挙は限界
双方向が基本
 →あらゆる公的文書・資料を電子化し、公開を義務化。電子投票の実現を
「世間」を超える政治へ
 身内による、身内ための政治から決別。新しい政治はオープンに動く

選挙の現場から
 
政治には金がかかる、というのが世間のイメージになっている。
では、実際の選挙費用で最も金額のかかる項目は何か?
私の場合、宣伝機材費だった。十数万部を用意するポスター、パンフレット、ビラ、葉書、名刺の作成費用、大音量スピーカーを搭載した選挙カー。山形県の衆議院選挙に出馬した保守系候補のなかで、歴代で最も低コストで運動したと自負する私ですら、その費用の合計額は1千万円に迫った。

 効果はあったのか。有権者サイドに立てば投票の際の目安となったのか。正直かなり疑問だ。誤解を恐れず言えば、名前と顔の「押し売り」の材料でしかなかった。

 大量の機材を、どこで、どう使うのか。座談会や個人演説会もあるが、常套手段とされる「ローラー作戦」で消費する。この作戦にいたっては、参加していただいたボランティアの方々も嫌気がさし、逆効果も大きい。相手候補が繰り返し展開するのを尻目に、私たちは最小限にとどめた。応援する人が嫌なもの、渡された方も嬉しいはずがない、と思ったからだ。

 何とか有権者の方と意見交換をしたい、少なくともニーズや民意を集めたい、そう考えてアンケート用紙を配ったが、これとて限界があった。

ネットは政治を変えるか
 日常の活動でも、有権者の方に主張を聞いて頂いたり、十分に意見を交換できる機会は意外と少ない。私が活動している衆院山形第二選挙区の有権者数は約25万人。世帯数にしても9万戸ある。現在、1日平均で100件のお宅に訪問しているが、玄関先での会話は数分だ。「顔も見たことない人に投票できない」というご意見は理解できるし、時間のある限り、運動は展開したいと思う。街頭にも立っている。しかし、4年間あっても、すべて有権者の方に接触するのは難しい。当選して議席を預かる立場になれば、もはや不可能になる。

 選挙期間中は一段と減る。第一、期間中の戸別訪問は公職選挙法で禁止されている。議会制民主主義の本家・イギリスは国会議員の選挙区も狭く、運動の基本とされているが、日本では駄目。「買収の温床になる」という妙な理屈を立てているためだ。

 民意を反映するのが民主主義の基本だ。しかし、現実の政治、政策の決定は現場感覚を失い、有権者から離れている。「善処する」「前向きに検討する」といった永田町用語を使わず、わかりやすい言葉を使う小泉純一郎氏の人気が沸騰したのは、現実の政治への失望感の裏返しともいえる。しかし、「なんてたってアイドル」の小泉さんがいても、先の参院選挙の投票率も低迷した。政治の闇は深い。

 インターネットは空間と時間を超えて、使い手をつなぐ双方向の情報・通信の手段として普及してきた。企業間の取引だけでなく、日常の生活にも深く入り込み、新しいメディアとなっている。昨年秋の加藤政局でのHPアクセス、首相官邸のメールマガジン登録ブームに見られるように、実際の政治にも影響を与え始めた。

 インターネットを使った政治行動「E−デモクラシー」は古い政治を打ち破る可能性を秘めている。遅ればせながら、WebSiteを開設した理由は、この1点につきる。

双方向が基本
 ネットの特徴は様々あるが、政治サイトにとって大きな利点は双方向性と手軽さにある。政策を組み立てるためには、個人が生活や仕事の現場で何を考え、何を求めているか、情報を集めることが原点。ネットでは時間、場所にこだわらず情報にアクセスできると同時に、お互いに意見をやり取りできる。ネットの力を過信はしないが、古ぼけた今の政治を変えないと日本の再生もない。

 今回のウェブサイトでも双方向性を第一に考えてみた。意見を交換しあう場所、意見を求める場所をそれぞれ設定した。高速・大容量の通信が可能になるブロードバンド網が広がれば、画像など手段は一気に増える。まだまだ不十分ではあるが、双方向を基本に「E−デモクラシー」を展開したい。

 すでに「電子投票」が多くの方々によって研究されている。実現できれば現在の選挙行政を効率化できるだけでなく、住民投票や国民投票の活用の道を開き、行政コスト全体を引き下げることも可能だ。機器の操作、安全性の問題など技術的な課題は残っているが、具体化を急ぐべきだ。

 有権者の方に参加を求める前に、政治サイドと行政の情報公開が大切になる。私が企画した民主党山形県連のHPで役員会の議事録を公開したのは、その一環だった。自分のHPでも公開の原則を貫きたい。

 同時に、行政の情報公開も求めてゆく。身近な行政情報は当然のこと、地方政府の財務状況を示すバランスシート、事業の評価などは必須項目となる。また、さまざまな会議の議事録も公開すべきだ。こうした情報の管理・公開にはインターネットは最も適した手段となる。「電子政府」の前提となるのは、あらゆる情報を公開し、必要な情報にアクセスできる環境を作ることだ。情報公開法の改正を提案したい。

「世間」を超える政治に向けて
 この国では、これまで「特定の人」による、「特定の人」のための政治が繰り返されてきた。戦後の日本を建て直す目的のもと、資源を集中して集めるためは、閉じた政治と行政が必要だったのかもしれない。何も行政や政治の分野だけではない。身内の論理は、社会全体に深く根ざしている。

 「わが国においては、個人は「世間」という枠のなかに捉えられており、自由な個人とはいまだなっていないのである。「世間」は贈与・互酬の関係と長幼の序、そして共通の時間意識によって結ばれている。70年代、80年代の高度資本主義・高度消費社会のシステムが誕生した時、『歴史・伝統システム』としての「世間」も改めて強化されていった」
(阿部謹也 学問と「世間」より)

 政治は「ふさがった日本社会」の典型例だ。新しい日本の姿を作るためには、行き過ぎた世間型政治を壊さなくてはいけない。私の目指す新しい政治はオープンに動く。政治、それに携わる政治家の「世間」を突き抜けるため、インターネットによるE−デモクラシーが風穴を開ける。

 このWebSiteは小さな一歩だが、志は大きい。ご覧いただいている方々のアイデア、ご指導をいただければ幸いである。

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